2011年7月17日日曜日

「脱・原発依存」の違和感

「脱・原発依存」という言葉を最近よく見かけますが、これどういう意味なの?

総電力量の割合から見ても、せいぜい全体の30%しかなかったし、故障だの事故だの検査だので、結局は10%そこそこしか電気を作っていなかった。しかもそれらが全部停まっても問題なく電力は足りるわけで。

もともと、ぜんぜん、まったく、原発には依存してないっつーの。

「脱原発」でいいでしょフツーに。

依存をやめるってだけで、原発自体は存続させる、みたいな含みを持たせているのか? もう、口先小手先のごまかしは通用しませんよ?

2 件のコメント:

  1. まあ、とにかく、
    なにもこんなもんじゃなくても
    別の方法で金いくらでも
    儲ければいいのにと思いますね。
    彼らは、原子力に愛着と熱意があるわけじゃなくて
    金が欲しいだけでしょうから。
    愛着と熱意があったら
    今回の事故はなかったでしょうし

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  2. こんにちは!

    ほんとそうですよね。
    でも原子力というのは、彼らにとって都合が良いのでしょう。
    大掛かりなプラント建設やら、原爆の材料やら。
    なんか会長の勝俣あたりは、特権階級を気取ってるみたいですしね。

    そこらの国民をゴミのように見ているんですよ。きっと。

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